建築章 — 空間文明の改革
建築を志す者は、
CADで引かれた一本の直線が、建築の自由を奪っているという事実に、
まず気づかなければならない。
かつて建築家は、紙の上に一本の線を描くところから建築を始めた。
その線は、建築家の手が生み出す「心の表現」であり、
建築という行為の出発点そのものだった。
しかし CAD の直線は違う。
そこには心が宿らず、
ただ効率のために積み重ねられた機械的な記号があるだけだ。
つまり CAD の直線は、
建築の本質──もっと言えば 建築の主体である人間から遠く離れた存在である。
今日、建築を学ぶ若者たちは、
CAD の操作を学ぶことを強いられ、
「建築とは何か」「建築は誰のためにあるのか」を学ぶ機会はほとんどない。
なぜなら彼らを教える者たち自身が、
CAD の台頭に手を貸し、その効率に酔い、
それを生活の糧としてきた世代だからである。
紙と鉛筆の時代、T定規の時代、ドラフターの時代──
そのどれよりも「スマートに建築を生産できる」と信じてしまった人々。
建築を設計することが、
人間のための高邁な使命であるという感傷は、
彼らにとってはアナログ時代の遺物に過ぎない。
その結果が、
いま私たちが暮らすこの都市である。
機械的に生産された都市。
人の居場所を失った都市。
一生働いても払いきれないローン地獄と化した都市。
誰もその因果に気づこうとしない。
私は声を上げ続ける。
CAD の線で建築を作る行為は誤りであり、罪である。
もしこの都市から人間がいなくなる日が来れば、
都市はたちまち廃墟となり、自滅するだろう。
CAD の一本の直線は、文明を崩す「蟻の一穴」なのだ。
だが、まだ遅くはない。
CAD の直線ではなく、
Excel の四角形で間取り図を貼ることから始めよう。
四角形の間取り図には、
あなたの建築への心が素直に宿る。
貼られた場所はどこか。
広さはどれほどか。
太陽はどちらから差すのか。
この間取りに誰が住むのか。
連続する空間はあるのか、ないのか。
こうした素朴で人間的な問いが、
建築の出発点となる。
CAD の線からは決して生まれない問いである。
Excel はすでに成熟したデジタルツールだ。
あなたの建築への思いをデジタル化し、
図面へと変換し、
建築の現場へ届けることができる。
人々が建築を「心から」考え始めれば、
そこに空間が生まれる。
建築とは、皆で考えた空間が形を得たものに過ぎないことに気づくだろう。
建築は自分とは無縁だと思ってきた人々も、
自分にも空間があることに気づくだろう。
CAD の一本の線に頼るのではなく、
Excel に間取り図を一つ描くこと。
それこそが、
本当のデジタル社会のルールへと変わらなければならない。
これは、
年老いた建築家が半世紀の旅で得た、
確かな教訓である。